私の障害は肢体不自由による四肢麻痺、2種2級で重度の身体障害となっています。
障害者になったのは今から約27年前です。
引き金は痛風の発作でした。
初めて痛風の発作に襲われ、左足の親指の付け根に激痛が走り、
近所の外科で診察を受けて痛風とわかりました。
痛風の発作は投薬で直ぐ消えましたが、左足のつま先が上がらず、
足をやや引きずらないと歩けない状態でした。
外科の先生は脳関係の病気を心配し、直ぐ専門病院の精密検査を受けるよう進言してくれましたが、
私には何となく心当たりがあり、大学付属病院の整形外科を尋ねました。
そこで下された診断は頸椎後縦靭帯骨化症による神経麻痺の症状で、
手術しないと回復は難しいというものでした。
大学病院に入院し手術を受けましたが、病根が長期間経過していたことにより、
結局回復せず、首から下の四肢に麻痺が残ってしまったのです。
身体障碍者手帳は入院中に申請し、認定してもらいました。
たまたま入院先の整形外科部長が市の障害認定の指定医になっていたので、
申請、検査、認定手続きは病院のケースワーカーさんを通じて手続きをしてもらいました。
検査の際に部長先生に訴えたのは、状態の症状以外に時々襲ってくる、痛みや手足の硬直などのことです。
検査時点でこの症状が確認されず、認定に影響があれば
後に認定変更をしてもらうことは大変なことと入院仲間の方から聞いていました。
それが功をそうしたかどうかは分かりませんが、重度障害2種2級に認定してもらうことが出来ました。
身体障害者としての等級が2級と3級以下では、
行政サービスや公共、民間の割引特典などにかなりの差があります。
その意味からも2級に認定してもらった意味は大きく、
その後の生活をして行くうえにおいて大いに恩恵を受けることが出来ました。
身体障害者になって困ること、いろいろありますが、
基本的なことはそれはなる前に当たり前に出来ていたことが出来ず、
一々体が不自由になったと意識して行う必要があるようになったことです。
例えば歩行、健常者は意識することなくすっと足が出てすたすた歩けますが、
私の場合は右足はまだましなのでやや普通に踏み出せるのに対し、
左足は意識してさあ足を出す、かかとからつくそれもよろけないように、
そしてつま先でけりだすと、意識しないと歩けないのです。
この一々意識して踏み出すという動作がいかに面倒なんことなのか、初めて知りました。
そして何ともないということがいかに有り難いことか、そのことを知ることとなったのです。
しかし私の場合は回復の見込みはないので、その症状に慣れて生活するしか方法はないので、
いかにしたらスムーズに左足が動かせるのか、いろいろ試して今に至っています。
何しろ走ったりの運動が出来ないので、筋力が衰えないようにその為の体操をずっと続けて来ました。
そのためか結構長い期間何とか杖を使って自力歩行が出来ていたのですが、
やはり寄る年並みと病気による筋肉の衰えのため、
最近では移動手段としてほとんど車いすを使用するようになりました。
皆さんにお伝えしたいことは、障害者になってしまった場合、一時は相当落胆してしまいます。
しかしその後は自分の状態を受け入れ、いかに障害に慣れ、
症状にあった工夫をして生活していくかということです。
出来ることは自分で、出来ないことは遠慮しないで助けを求めましょう。
世の中いい方がたくさんいらっしゃいますよ。