私はすごく軽い二分脊椎を持っています。
障害が軽いせいか、小学生の時からよく「仮病」だの「さぼり」だのと言われてきました。
この病気と診断を受けたのが中学2年生の時でした。
体育で腰を痛め、一週間たっても痛みが引かず、整形外科を受診し、検査を受けた結果
「潜在性二分脊椎」との診断がつきました。
それ以来腰に負担がかかるような運動は原則禁止となり、体育にも参加できませんでした。
中学三年生の時は腰が痛くて歩くことも困難だったため、車椅子を使っていましたが、
そこでも「仮病」というレッテルを貼られる始末です。
障害を打ち明けるには勇気がいります。
しかし、同じ教室で一年間過ごす仲間に打ち明ける勇気は私にはありませんでした。
今考えれば1からすべて説明すれば理解を得られたかなと思います。
その教訓を生かして高校受験する際には高校側と何度か話し合いの場を設けていただき、
障害のことをすべてお話ししました。
当時自分の中で二つの気持ちが複雑に入り混じってました。
「障害を打ち明けて楽になりたい」という気持ちと
「障碍者だと認めたくない」気持ちです。
今思い返すと後者のほうが強かったと思います。
高校生になって、入学式のあと簡単な自己紹介があった後に
担任を通じて障害のことをみんなに話していただきました。
幸い校舎は新築でバリアフリーだったため、車椅子でも困ることはありませんでした。
しかし、どうしても困ったのがトイレの問題です。
私はカテーテルを使っているため、どうしてもトイレには時間がかかります。
そこでご理解いただきたいのは二分脊椎は足だけの障害ではないということです。
多くの患者さんは排せつ障害を抱えていると聞きます。
体の障害が受け入れられてもトイレの話までクラスメイトの前ですることはできませんでした。
現在大学では授業開始5分後までに入れば遅刻扱いにならないのですが、
高校生の時は休み時間が10分しかなくてどうしても次の時間には間に合いませんでした。
どうか排せつ障害の面も含めて理解が広がってほしいと思います。
私は高校生のとき、排せつ障害のことは養護教諭にしか話すことができず、
誤解を受ける結果となりました。
障害は「正しく理解する」ことが大切です。
私自身、自分の障害を100%理解できているとは言い切れませんが、
これからも自身の障害とうまく付き合うべく勉強していくつもりです。
障害が根治するならそれが最善ではありますが、障害も含めての私だと思うので、
うまく付き合うため試行錯誤していきたいと思います。