身体障がい者という呪縛

初めての妊娠。

自分のお腹に赤ちゃんがいるなんて、とても不思議な気持ちでした。

妊婦健診が待ち遠しくて待ち遠しくてたまりませんでした。

 

妊娠3か月の時、赤ちゃんの後頚部にリンパ液が溜まっていると指摘されました。

エコー画像ではもう、手足もはっきりわかり、元気に動いている赤ちゃん。

リンパ液の厚みが3mmを超えると染色体異常の可能性高くなると言われました。

 

妊娠がわかってからは、ただただ赤ちゃんの健康を祈る毎日でした。

そんなときにこのようなことを告げられ、生きた心地がしませんでした。

 

1週間後に再検査をしてもらうと、後頚部のリンパ液は消失。

それからは順調に経過し、5か月健診で性別がわかり、男の子と判明しました。

 

次はまた1か月経たないと会えない。

こんなに1か月経つのは長かったかなと思う日々を過ごし6か月健診へ向かいました。

 

エコー画像をみる先生の様子の異変にすぐに気づきます。

蘇る3か月前のやり取り。

自分の口から先生の表情の異変の原因を聞くことに躊躇し、

意識的に深呼吸をするしかありませんでした。

 

数分後、先生が重たい口を開きました。

「通常であれば、左側に心臓があり、その下に胃が見えます。

しかし胃が右に見えるんです。

紹介状を書きますので大きな病院で検査してもらってください。」

銃口を突き付けられた瞬間でした。

 

自分で調べることも怖くて、だけどこのままでいることはもっと怖くパソコンに手を掛けました。

心臓が左、胃は右。内臓錯位でした。

『錯位の場合ほぼ100%心疾患を合併している』

文字が浮かび上がって見えました。

避けられない100%の文字に、何の役にも立たない涙が憎かったです。

 

初めて訪れた大きな病院の産科には、妊婦さんがたくさんいました。

あの妊婦さんの赤ちゃんは元気なのかな…

意味のない問いかけに心臓が音を立てて拍動しました。

 

検査結果は予想通り、心奇形があると診断されました。

この時点での病名は「肺動脈狭窄」「寝室中隔欠損」「共通房室弁」。

単心室という病名で、地元ではOPができないと言われ県外でのOPが必要と言われました。

 

今思えば、胎児診断は大きな強みです。

なぜなら前もって心の準備も、OPをする準備も、使える制度も事前に把握することができるんですから。

お腹に赤ちゃんがいる時点で、身体障がい者手帳は1級確定の病名でした。

 

自分のこどもが身体障害者手帳を持つということに嫌悪感を抱く親もいると、入院して初めて知りました。

「私の子どもは障がい者ではありません!」

強く否定する親もいたのです。

 

胎児診断は賛否両論ありますが、私の場合は胎児診断されていてよかったと思います。

身体障がい者手帳を持っていることで、福祉に助けられることがたくさんあります。

皆さんに感謝です。

 

ですが、先ほど言いましたように、

障がい者であると突きつけられる証明書のように感じる障害児をもつ親もいるんです。

『税金の無駄遣い』だとか言われたりすることが少なくない私たち障がい児の親ですが、

このように思う方もいるということを少しでも知っていただけるのであれば、

また違う感情が芽生えるかもしれません。



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