自分の道は自分で切り開く

昨年1年間、私は視覚障害者としての職業能力を身に付けるために、

東京四谷の日本盲人職能開発センターに通いました。

私のこれまで培ったキャリアでは社会参加することが難しいと考え、

障害特性に応じた技能を身につける必要性を感じたため、センターに通う事にしたのです。

 

失明してからの3年間、家での生活には困らないように訓練は受けておりましたが、

外に出る時はガイドヘルパーに同行してもらいながら諸用を足しておりました。

しかし、学校に通うとなると、毎日ヘルパーを頼るわけにはいきませんので、

障害者として自立していくためにも、送り迎えなしに一人で学校に通えるように準備を始めました。

 

最初にぶつかった壁は、エレベーターの乗り降りでした。

私はマンションの11階に住んでいるのですが、このエレベーターのボタンはタッチセンサー式のため、

行きたい階のボタンに触れるだけで良いのです。

一見便利ですが、番号の見えない者にとって、目的階のボタンのみに触れる事は簡単ではありません。

他のボタンに触れてしまうと、必要ない階で停まってしまい、自分が何階に居るのかわからなくなるのです。

 

非常階段を使うことも考えましたが、毎日11階までの階段を上り下りするのは、

正直しんどく解決策にはなりません。

 

そこで、エレベーターに乗る時は、誰かが来るのを待って、ボタンを押してもらう事にしました。

幸い、このマンションはメールボックスが1階ロビー裏に敷設されており、

1日を通してエレベーターを利用する住人が多いのです。

また、通勤通学している住人も多く、毎日決まった時間にエレベーターを利用していると、

顔見知りが増えてきます。

毎日あいさつを交わす内に、それ程待つことなく誰かしらと相乗りできるようになりました。

 

ある夏の日の夕暮れに外出から帰った私は、

自室に帰ろうとロビー階のエレベーターホールに向かって歩いていた時のことです。

ロビーの傍らでおしゃべりに興じていた小学生の男の子が、私に声をかけてくれました。

その少年は、私を11階まで送り届けた後、乗ってきたエレベーターで1階へ下り、

再びおしゃべりの輪の中へと戻っていきました。

近頃はマンションで私の姿を見かけると、声をかけてくださる方が徐々に増えて来た様に思います。

 

このマンションには、他にも視覚障害者が住んでいるので、認識が広がってきているようで、

とてもありがたい事だと実感しています。

自らが働きかければ道は開けないのだと、身をもって知りました。



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