45歳で内臓の病気で身体障害者になった母

私の母は働き者でした。

少しくらいの熱では休むことはありませんでした。

 

でもその時は微熱は続くは、健康診断で尿に淡白がでている、

朝起きた時に顔が浮腫むといった症状があり、

近くのクリニックに受診しました。

 

直ぐに大学病院に行くように言われ大学病院で検査をしました。

その結果、二つある腎臓は二つとも石のように硬くなっていて腎臓の機能が失われていたのでした。

腎臓が働いていないということは尿が出ず毒素が身体中周ってしまい、

死に直結するということだそうです。

 

直ぐに透析を開始しました。

透析は腕から血液を管を通して機械で綺麗にし、

自分の身体に戻すということを5時間くらいかけて行います。

それを週三回行っていくという治療の始まりでした。

 

1日開けて透析に行く朝は顔がパンパンに浮腫んでいて

帰ってくる時は体重が2キロくらい減って帰ってくるので身体は疲れ切ってしまい、

横になるしかありませんでした。

 

食事は塩分は摂れないですし水分も制限があり、

好きだったお茶も小さな湯呑みで一杯だけ飲んでいました。

喉が乾くとよく氷を口に含んでいました。

腎臓の病気で透析をするので身体障害者一級になってしまい、

障害手帳も出してもらい障害年金も貰っていました。

障害年金を貰えたのもしっかりと年金を払っていたからだと話してくれたのを覚えています。

 

その他にタクシー券かガソリン券が貰えるですが父の車で送迎をするためガソリン券を貰っていました。

車の税金も免除で高速道路を通る時は障害者手帳を見せると割引きという制度もありました。

 

1日置きの透析では泊りがけの旅行などは行かれませんが

腎臓が悪い人たちで作っている腎友会という会があり

その人達と日帰りのバス旅行に行くのは楽しみにしていました。

 

透析期間はあまり長くは続ける事は難しいようですが

母は自分に厳しく食事や水分を気をつけていたおかげで33年間続けることが出来ました。

それが本人にとっては辛いものだったと思いますが

家族としては1日でも長く生きて欲しいと願っていました。

 

人はいつ障害を負うかわかりません。

母はよく具合が悪いと思ったら直ぐに病院へ行きなさい、手遅れになったら辛いよと言っていました。

その話は私から息子達に母の事を例にあげて伝えています。

 

最近は年金を払わない人もいるようですが

息子達にはどちらかが障害を負う事になったら

兄弟で面倒が見れるのか兄は弟に弟は兄に迷惑をかけることになるので

年金はきちんと払うようにと言っています。

二人ともしっかりと通帳から引き落とされているようです。

 

母は7年前に亡くなりましたが最後まで頑張っていました。

私も母のような人になりたいと思います。



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