義母の障害

結婚生活は同居生活の始まりでした。

その当時から、人工関節の手術をされていた義母は

障害者手帳3級の手帳を持っていました。

 

幸い、杖をついての歩行、排泄、入浴は自分でできているため、

その当時はできるだけの努力を、義母に捧げていこうと思っていました。

 

そのころ仕事をしていた私は、仕事返上で彼女のため休んで付き添いしたり、

その後、二度の手術も全力を尽くしてきました。

おかげさまで膝と股関節の人工関節のおかげで、歩行の痛みは軽減しています。

家事も気の向くときは行っています。

 

ここから述べていくことは、嫁である自分の情けなさを露呈するだけです。

ただ、この場をお借りして、これから未来も踏まえてつづります。

 

義母と私は正直、仲が悪いです。

最初は、なんでもいうことを聞いてきましたが、

自分の体の自由が利かないからといって、漬物石20キロを運ばせること、

草取りは全部私が行い、自分でできなくなったことをいつまでもやりたがる。

そんな義母に振り回されてきました。

 

もちろん障害もあるし、私がやらなきゃとは思ってきましたが、

その気持ちも失せてしまうほど疲れてきたのです。

 

腹は立ちながらも、冬は足元が心配なので、人工芝を出入り口に敷いたり、

靴を冬靴に変えたりしても、「あっそう」しかいわないのです。

身体の障害がなければ、「自分でやれば!」と言い返したくてたまりませんでした。

 

もちろん、障害のその痛みは、私にはわかりません。

いらいらをぶつけられるのも、嫁である私だけなのでしょう。

でも、自分の辛さを人にぶつけてはいいわけはありません。

それは、私も同じです。

 

相手は身体障害者です。

姑です。

立場は違うから今に感謝して、嵐にも負けないで生きていこうと思っています。

 

義母の数々の暴言は忘れられないし、悔しいです。

でも、そのことにとらわれたくい。

もしも、同じように、障害の家族に御苦労されている方に、そっと手を差し伸べて、

「大丈夫ですよ。つらい時は、お日様を見ましょうね」

と、伝えたいです。

 

義母には、認知症も始まってきました。

わたしは、どんな方も人間であると思うのです。

健康な方も、今、病と闘う方も、みんな意志があり、心がある。

その心を傷つけることは、たとえ、家族でもいけない。

どんな方にも、思いやりを忘れないで、今日も、義母のいじめに耐えます。

 

痛みがとれてきた分、嫁へのあたりは強くなりましたが、

そのくらいお元気になったと、プラスにとらえていってみますね。

 

障害は、一人では乗り越えられないから、家族の力は必ず必要です。

お互いに思いやり、毎日がほんの少し幸せであってほしいと願っています。



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