今まで出会った中で一番アクティブな方

以前勤めていた職場の方が重度の身体障害者でした。

脳梗塞を患い、両腕・両手が麻痺されていました。

 

またちゃんと聞いたことはありませんが、

両脚もパンパンに腫れて杖をついて歩かれていました

(私が退職する頃には車椅子に乗られていました)

 

私がいた部署に来る前に事務員として一番忙しい部署で働かれていて、

連日の激務に加えて残業も当たり前な環境にいらっしゃったため、

数回入退院を繰り返されていたそうです。

 

その部署がエレベータでは行けない場所に部屋が移ったため、

それを機に異動となったとのことでした。

 

その方はバツイチ子持ちの方で、子供が大学生だから

働いて学費を稼がないといけないと言いつつ、自分の楽しみももっていらっしゃる方で、

趣味で音楽をやられていました。

音楽の発表会では自分が演奏しているところを必ず動画で撮影されていて、

後日その動画をYouTubeにアップされていました。

 

アーティストのコンサートにも積極的に参加されており、

その時は車椅子に乗って観られているようで、

アーティストに手を振ってもらえた等の話を聞いたことがあります。

 

障害者だからといって仕事面では妥協をしていませんでした。

分からないところや初めて使うソフトは空いた時間を利用して

本を見ながら勉強されている姿を見たことがあります。

欠勤もあまりされなかったし、自然と人が頼ってくるような方だったので周囲からの信頼もありました。

 

ただ、当然弱音をはかれる時もあり、特に診察後は気分が落ち込んでいらっしゃいました。

食べ物の制限があったようで、昼食がほとんどお菓子でした。

 

本人曰く「食べ物の制限をされ過ぎていて、食べていい物はお菓子しかない」とのことでした。

薬の量も多かったので、服薬するのが辛そうにみえました。

 

ある日、私がいない時の出来事でしたが、上司に頼まれて

本を持って行っている際に躓いて転倒されたそうです。

転倒時にぶつけた場所が左腕の神経がある部分だったようで、

リハビリでどうにか動かしていた左手が完全に麻痺して動かなくなっていました。

 

すぐに労災申請をしようと事務の上の方が駆け付けましたが、

騒ぎを大きくしたくない、職場に迷惑をかけたくないという理由で労災申請は行いませんでした。

その代わり、有給を約一週間取得して、夢だったダイビングのライセンスを取るために沖縄へ行かれました。

 

沖縄から帰ってきてすぐに入院されましたが、

本人は「動けるうちにやれることはやりたい」と言われていたので、

入院されていても「次はあれをする、これをする」と目標を持って明るく過ごされていました。

 

私が退職したので交流はなくなりましたが、

あそこまでアクティブな身体障害者の方は初めて出会ったので、

今でも時々思い出しています。



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